■作品内容
広大なカナダ領北極。そのあちらこちらで、各国の観測隊
が野外活動を行っている。極寒の氷原にはシロクマやアザ
ラシが棲み、それらを追うイヌイットが暮らしている。
数々の探検隊の行く手を阻んできた大自然の脅威と、
極限の地に生きる生命のハーモニーを鮮やかに描く痛快
無比の北極エッセイ。
【著者紹介】
1946年兵庫県生まれ。京都大学工学部土木工学科卒業。
第11次日本南極地域観測隊に参加。現在、国立極地研究所助教授。
専攻は海氷の力学。著書に『スイス的生活術〜アルプスの国の
味わい方』『レナ川〜白夜航路4000キロを行く』ほか。
【書評から】
凍った汚れは洗濯棒ではたき落とす。昼食はチョコ1枚をかじるだけ。入浴は
不可。北極に張り付く観測隊の暮らしから、極限の自然の厳しさと、息づく生
命の力強さをユーモアたっぷりに描き出す。無駄の許されない状況が、ソリの
曳けない犬に悲しい運命をもたらす。飽食の日常に改めて気づく。
(「SPA!」1999.9.8)
◆
随所に光る学者の慧眼 研究生活の日常を戯画化して描く
海氷の力学を専攻している研究者の、万人の理解を拒んだ論文ではない。
研究をしている著者の日常生活や、身辺を取り囲む森羅万象を、やや戯画化
して描いている。
本書にあるのは自己韜晦であり、なかなかにしたたかな批判精神である。
言葉の運びが生き生きとしていて、飽きさせない。早い話、おもしろい本である。
だが、決して軽みに流されているわけではない。いたるところに学者の慧眼が
光る。
「完成していた食物連鎖に突如ヒトが介入した。シロクマのさらに上に立つと
同時に、はるか離れて下位の食物をも直接摂取して、体系を乱している。
ヒトはまた、他の生き物(の死体)を食物以外の目的としても利用しようとし
ている。…クマの肉を食べるかと思えば、毛皮でズボンを作る。生物界に衣服
連鎖を構築せんという勢いである」
衣服連鎖という言葉を読んで、私は思わず笑ってしまった。食物連鎖があるの
だから、衣服連鎖があってもいいはずである。ヒト以外の動物は、ミノムシや
ヤドカリを除いて、真っ裸で生きている。着衣の習慣がないので衣服連鎖など
成立するはずがないのだが、
極地研究所助教授の本なので、もしやと思ってしまったりする。これが自己
韜晦だ。
衣服連鎖などという言葉はないはずですね、伊藤さん!
(立松和平・共同通信社配信1999.9.5)
◆
極地生活 ユーモラスに
伊藤さんは「海氷の力学」が専門の雪氷学者。1973年から76年にかけてカナダ
北極圏で行った観測中の出来事がつづられているが、難しい科学の本ではなく、
厳しい探険の本でもない。にやりとするようなユーモアがちりばめられた上質
の読み物だ。
科学者らしい理屈に導かれて読み進むうち「三段論法の三段目でストンとはず
されるような」オチが待ち構えている。例えば「深さ70メートルを超えるクレ
バス(氷河の割れ目)は存在しないので、落ちた際の救援用ザイルも70メート
ルで十分だと習った」「しかし、できたばかりのクレバスはもっと深いことが
ある」「そんなクレバスに落ちた時でもザイルの長さは70メートルで十分であ
る。80メートルも90メートルも落下して生存している人はいない」という具合。
「食物連鎖」「服装」「水陸両用車」などの章から成り、それぞれの章で語ら
れるいくつもの話題はそれだけで北極での生活がうかがえて楽しめるが、最後
に章全体のオチが用意されいる。(以下略)
(北海道新聞1999.9.26)
◆
最初から最後まで一気読み
(前略)
著者は先程紹介した『レナ川』を書いた伊藤一氏で、この本を読み、作者が極地
研究のプロであることを知った。北極の氷の上での長期にわたる観測記録だが、
南極と違ってこちらは常に海の上の氷上生活である。南極にはいないシロクマや
アザラシなどがしょっちゅう登場するし、北極圏周辺のイヌイットの生活や彼らとの
触れ合いも随所に紹介されて、この本も最初から最後まで一気に読んでしまった。
(椎名誠・「活字探検隊」地方南北面白本との遭遇、『図書』2002.5)
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