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表紙のイメージ

   



 モザンビーク ノ アオイソラ
 モザンビークの青い空

   中年男児アフリカに在り

 ◆アフリカの果てから送る団塊世代への応援歌!

 遠藤昭夫(えんどう・あきお)著   

 本体 1,600円
 四六判・並製・264頁
 4-931178-40-5 / 2002.08

 【日本図書館協会選定図書】  


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    内容紹介&書評
 















 ■作品内容

   事実は、小説よりもはるかに面白い!!
   はたして、こんなにも過酷で、
   こんなにもユーモラスな生き方があるだろうか?

 
 1994年、バブルがはじけ不況風が漂い
 始めた日本から、一人の中年男が、
 単身アフリカへ渡る。
 15年におよぶ内戦が終わったばかりの
 モザンビークは、国土は荒れ放題、
 世界屈指の超極貧国、そのうえ、コレラ
 汚染地域にまで指定されていた。
 商魂たくましい中国人華僑まで逃げ出し
 たこの国で、なんのあてもない日本人が
    <引き取った子供の治療をする著者>      商売をしようという無鉄砲さ!?
 案の定、やることなすこと全てが裏目となり、超極貧国で一文無しになるという
 辛酸を舐める。
 しかし、戦後の競争社会を生き抜いてきた団塊世代。ここから、踏ん張る。詐欺師
 や泥棒やたかりにもめげず、ひたすら頑張る。チマチマした日本社会のモヤモヤも、
 不況風なども吹っ飛んでしまう、汗と涙と、なぜだかアフリカの空のように明るい
 抱腹絶倒の奮戦記。

  《本書の目次から》
   1 怪しい支援団体
   2 相棒は、元看護婦
   3 モザンビークの自衛隊
   4 モザンビークのロブスター
   5 モザンビークの青い空
   6 泥棒は、警官よりも呪術師よりも賢い
   7 やっぱり医者はもうかる
   8 詐欺師はへこたれない
   9 わが息子はモザンビーク人

 【著者紹介】
 1948年北海道生まれ。自動車販売会社、観光バス会社、観光会社など、
 様々な職業を経て、1994年に、単身モザンビーク共和国へ渡る。
 現在、モザンビークの首都マプートで、22人の現地社員を雇い、
 中古車の輸入販売会社「ICHII.LDA MAPUTO」を経営している。  

 【書評から】
 バブルがはじけたとき、自分の会社の権利を売り払い、勧められるまま単身モザン
 ビークに渡った著者。当時のモザンビークは、内戦終結直後で、過酷な国内情勢
 だった。いざ仕事を始めれば、詐欺師にだまされ、泥棒に遭い、一文無しなった
 ことも。だが、著者は決してあきらめず、現在は中古車販売会社を経営している。
 どんな苦境にもめげない根性で、新しい人生に踏み出す人たちへ贈る応援歌。
 (日刊ゲンダイ 2002.11.21)
     
 著者はモザンビークで遠藤さんを知らなければモグリといわれるほどの有名日本人。
 中古車輸入業などを営む「自称不良中年」だ。94年のこの地を訪れたときは惨憺
 たる有り様。世界屈指の超極貧国、そのうえコレラ汚染地区まで指定されていた。
 華僑さえ逃げ出したというこの地で、遠藤さんは商売を始めようと画策する。
 だが、ことは甘くない、ダマされて一文無しになったりして辛酸を嘗めた。
 だが団塊オヤジはしぶとい。アフリカの現状がわかる痛快な一冊。
 (「ミスターパートナー」2003.4.10)
     
 あふれる団塊世代の元気
 (前半部略)
 渡航のきっかけは、同国に眠る地下資源を狙う怪しい支援団体の誘いだった。
 結局この団体とは縁を切るが、当てのないまま独り旅立った。「行かなければ後
 悔する。ダメでも引き下がるのは悔しい」。この頑張りが異郷での日々を支えた。
 盗みや詐欺は日常茶飯事。役人は因縁をつけ、わいろをたかる。警察は機能しない
 が、呪術師の言葉は効く。「いかに要領よく逃げるかですね。正義ばかり言っても
 仕方がない。理不尽に慣れるしかないのです」
 九月に一時帰国した。モザンビークと比べて、日本の社会は病ん
でいると感じる。
「年長者を敬うので、例えば子供が親を殺すような陰惨な事件は
考えられない」
 行って良かったとは今も思わないが、「私の生活の場はモザン
ビークだと考えています」ときっぱり語る。
 養子のマダーラー君(10)と、「花の父子家庭」生活。マダーラー
 君を日本の学校に通わせることと、モザンビークに自動車整備士の養成学校を設立
 するのが夢だ。
 (「北海道新聞」本・訪問/2002.9.22、「西日本新聞」本と人/2002.11.3)
     
 1994年、44 歳の著者は内戦終結直後のモザンビークへ旅立ちます。無謀にも商売
 をするために。コレラに地雷、言葉も通じず、詐欺師にもめげず頑張ります。
 字も書けない路上生活の子どもに、思わず涙する場面も。その子たちを引きとり、
 悪戦苦闘を繰り返し、西の果てで汗水たらして頑張るおじさんからのメッセージ。
 笑って泣いて元気が出る一冊です。
 (「しんぶん赤旗」2002.9.30)


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 読者からの感想・・・!

 南アを含む8か国を旅しました。その一つが
 モザンビークでした。遠藤氏のことベンビンダ
 さんのこと、息子さんのことお目にかかっている
 だけに、より鮮明に文章が理解出来面白かった
 です。
 (埼玉県・女性・68歳)
    
 著者の遠藤昭夫さんには、モザンビークで何度
 もお会いしていますが、「モザンビークの不良
 中年」を自称されるだけあって、その破天荒で
 向こう見ずだけど、一本筋の通った生き方は、
 いつもはらはらさせられながらも、教えられる
 ことも多く、話を聞いていて本当に飽きること
 がありません。
 そんな遠藤さんが、モザンビークに渡ってから
 8年間に及ぶ体験をまとめた本ですから、面白く
 ないはずがありません。モザンビーク人に、
 これでもかというくらいだまされたり、20歳以上
 も年下のモザンビーク人の相棒(女性)から
 日本人特有の甘さを叱られながらも、なんとか
 モザンビークで民間会社を経営して社員を食わ
 せ続け、時には人の良さから日本のボランティア
 団体の「善意」の尻ぬぐいを、まさにボランティア
 でする破目になったりと、読んでいて抱腹絶倒し
 ながらも、モザンビークに根を生やした遠藤さん
 の生き方に頭が下がることが多々あります。
 アフリカに対する援助とか、協力とか、開発とか、
 難しいことを言う前に、遠藤さんのドタバタ劇を
 通して、アフリカの現実を肌で感じるためにも、
 ぜひ読んでほしい本です。アフリカに関心のある
 すべての人にお薦めします。
 (東京都・田中清文)
    
 「モザンビークの青い空」。そう言えば、洪水の
 あった2年前も、何度もそんな空を眺めました。
 希望は捨ててはいけないな、と洪水から復興
 するモザンビークを見ながら思ったものですが、
 洪水以外のもっと様々な切り口で、モザンビーク
 を生きてきた一人の日本人の視点は、もっと高い
 青い空を見ているのかもしれません。
 (セネガル・内野香美)
    
 ユニセフ代表の黒柳徹子さんが先々週TVでアフ
 リカの国の内戦は終わったが一日一食しか食べ
 られない、援助物資で生活等、アフリカ援助を
 申しておりました。『モザンビークの青い空』を
 読んで、感動した。
 (北海道・男性・70歳)